足立新田高校(雨森義勝校長)出身の琴仁成(28歳・本名=成田篤)が、十一月場所で序ノ口全勝優勝を果たした。昨年初場所での負傷と絶望から、半年のリハビリを乗り越えて得た再起の勝利だ。
12月20日(金)には割烹大勝(新田3‐4‐6)で、同校支援会(鈴木高弘会長、荒川兼一事務局長)、同窓会(林修一会長)主催の序ノ口優勝・再起祝賀会が開かれた。
◆相撲部創設
同校相撲部は都立唯一の相撲部で、満留久摩顧問の指導の下、全国大会出場など活躍。十一月場所で初の技能賞を受賞した千代大龍(本名=名月院秀政)ら、6人の力士を輩出している。
その相撲部創設のきっかけとなったのが琴仁成だ。本人は「道筋があって、巻き込まれた感じ」と、鈴木元校長、荒川元教頭(後、校長)、満留顧問に功績を譲って笑う。
出身は新宿区。野球部だった中学時代、体の大きさを買われて軽い気持ちで参加した相撲大会で、同級生に歯が立たなかった悔しさから相撲道場に入門。そこで紹介された新米教師、満留顧問の「君が来るなら、相撲部を作る」の一言で同校に進学。たった1人の部員として土俵造りから始め、黙々と稽古を続けた。挑戦する前向きさが、相撲部を育てていった。
◆怪我からの復活
卒業後に佐渡ヶ嶽部屋に入門。努力が実り2段目5枚目として、念願の幕下昇進のかかる昨年初場所で、右膝靭帯断裂。絶望の中、4月の手術から半年にわたる壮絶なリハビリを、生来の負けず嫌いと豪胆で乗り越え、臨んだ十一月場所だった。
入門10年目。相撲以外に費やされた年だったが、「価値のあった1年。別のことを考える時間があったので、いろいろなことを学ばせてもらった。こんなに相撲が好きだったのを確認できた。それが大きい」。怪我の前は、いつやめてもいいと思っていたが、今はこれまでにないほど前向きに生活しているという。
まず狙うは、初場所で序二段優勝。「せっかく入った世界だから、中途半端だったと思いたくない。納得いくまで、相撲にごちそうさんでした、と言えるようになりたい」曇りのない笑顔に力がみなぎっている。
写真/琴仁成を挟んで荒川元校長(左)と鈴木元校長(右)=足立新田高校で
12月20日(金)には割烹大勝(新田3‐4‐6)で、同校支援会(鈴木高弘会長、荒川兼一事務局長)、同窓会(林修一会長)主催の序ノ口優勝・再起祝賀会が開かれた。
◆相撲部創設
同校相撲部は都立唯一の相撲部で、満留久摩顧問の指導の下、全国大会出場など活躍。十一月場所で初の技能賞を受賞した千代大龍(本名=名月院秀政)ら、6人の力士を輩出している。

出身は新宿区。野球部だった中学時代、体の大きさを買われて軽い気持ちで参加した相撲大会で、同級生に歯が立たなかった悔しさから相撲道場に入門。そこで紹介された新米教師、満留顧問の「君が来るなら、相撲部を作る」の一言で同校に進学。たった1人の部員として土俵造りから始め、黙々と稽古を続けた。挑戦する前向きさが、相撲部を育てていった。
◆怪我からの復活
卒業後に佐渡ヶ嶽部屋に入門。努力が実り2段目5枚目として、念願の幕下昇進のかかる昨年初場所で、右膝靭帯断裂。絶望の中、4月の手術から半年にわたる壮絶なリハビリを、生来の負けず嫌いと豪胆で乗り越え、臨んだ十一月場所だった。
入門10年目。相撲以外に費やされた年だったが、「価値のあった1年。別のことを考える時間があったので、いろいろなことを学ばせてもらった。こんなに相撲が好きだったのを確認できた。それが大きい」。怪我の前は、いつやめてもいいと思っていたが、今はこれまでにないほど前向きに生活しているという。
まず狙うは、初場所で序二段優勝。「せっかく入った世界だから、中途半端だったと思いたくない。納得いくまで、相撲にごちそうさんでした、と言えるようになりたい」曇りのない笑顔に力がみなぎっている。
写真/琴仁成を挟んで荒川元校長(左)と鈴木元校長(右)=足立新田高校で