教育界から芸能界へ 人生謳歌中
流山市で教員生活をスタート。葛飾区、墨田区を経て平成8年から足立区で教鞭を執り、平成28年3月に江北小で定年を迎えた津布久郁夫校長。
入谷小に教頭として赴任した時期は、入谷南小との統合が決まった最後の1年。両校が足立入谷小として生まれ変わる際、自身が作詞した校歌が今、歌い継がれている。
東京商船大学出身の津布久校長の夢は、世界航路の船乗りであったが惜しくもかなわず、他の進路を考えた時に、自分の考えを正々堂々と述べることができる教員を目指して一念発起。通算37年の教員生活において、自分の一言ひとことに反応し、打てば響く子どもたちの姿を見て深いやりがいを感じたという。
津布久校長の人生論は「人間60歳まではウォーミングアップ時期。60歳からが人生本当の勝負」。51歳までラグビーを続け、副校長を務めた西一小と、校長を務めた江北小でPTAのソフトボールのメンバーに。現在は、地元のクラブでソフトテニスを楽しんでいる。また、西一小時代のPTAとの関わりで始めたボウリングは、毎月2回の大会に出場。アベレージ180の腕前をもってプロテストにも挑戦した。
そして迎えた定年の翌日。校長の肩書から解放された津布久さんが起こした行動は、何と、芸能事務所のオーディションを受け、エキストラ俳優に転身! まさに、ウォーミングアップを終えて、人生本当の勝負への第一歩を踏み出した。ただし、この世界もまた厳しい。「事務所から連絡を受けてオーディションに臨むも、10回に1回通れば良いほうだ」という。しかも、拘束時間に関係なく、ギャラは3000円程度。しかし、津布久さんの表情は明るい。
「忘れられないのは、宮部みゆき原作の『楽園』がWOWOWの連続ドラマとなり、僕は黒木瞳とすれ違い、仲間由紀恵に邪魔だとどかされる役。その時、しみじみエキストラ俳優になって良かったと思った」と笑う。10月19日(金)公開の映画「億男」にも出演。佐藤健演じる一男の娘のバレエ発表会シーンで、観客の中に津布久さんの顔を探すのが楽しみだ。
また、津布久さんは写真にも熱心に取り組み、その技術はプロ級。「東京新聞・荒川区フォト俳句コンテスト」入選、「新宿御苑フォトコンテスト」特選、「文京区観光写真コンクール」区議会議長賞、「東京大回廊写真コンテスト」魅力発掘賞を受賞。
今、津布久さんは、全てのストレスから解放され、人生を謳歌中である。
流山市で教員生活をスタート。葛飾区、墨田区を経て平成8年から足立区で教鞭を執り、平成28年3月に江北小で定年を迎えた津布久郁夫校長。
入谷小に教頭として赴任した時期は、入谷南小との統合が決まった最後の1年。両校が足立入谷小として生まれ変わる際、自身が作詞した校歌が今、歌い継がれている。
東京商船大学出身の津布久校長の夢は、世界航路の船乗りであったが惜しくもかなわず、他の進路を考えた時に、自分の考えを正々堂々と述べることができる教員を目指して一念発起。通算37年の教員生活において、自分の一言ひとことに反応し、打てば響く子どもたちの姿を見て深いやりがいを感じたという。
津布久校長の人生論は「人間60歳まではウォーミングアップ時期。60歳からが人生本当の勝負」。51歳までラグビーを続け、副校長を務めた西一小と、校長を務めた江北小でPTAのソフトボールのメンバーに。現在は、地元のクラブでソフトテニスを楽しんでいる。また、西一小時代のPTAとの関わりで始めたボウリングは、毎月2回の大会に出場。アベレージ180の腕前をもってプロテストにも挑戦した。
そして迎えた定年の翌日。校長の肩書から解放された津布久さんが起こした行動は、何と、芸能事務所のオーディションを受け、エキストラ俳優に転身! まさに、ウォーミングアップを終えて、人生本当の勝負への第一歩を踏み出した。ただし、この世界もまた厳しい。「事務所から連絡を受けてオーディションに臨むも、10回に1回通れば良いほうだ」という。しかも、拘束時間に関係なく、ギャラは3000円程度。しかし、津布久さんの表情は明るい。
「忘れられないのは、宮部みゆき原作の『楽園』がWOWOWの連続ドラマとなり、僕は黒木瞳とすれ違い、仲間由紀恵に邪魔だとどかされる役。その時、しみじみエキストラ俳優になって良かったと思った」と笑う。10月19日(金)公開の映画「億男」にも出演。佐藤健演じる一男の娘のバレエ発表会シーンで、観客の中に津布久さんの顔を探すのが楽しみだ。
また、津布久さんは写真にも熱心に取り組み、その技術はプロ級。「東京新聞・荒川区フォト俳句コンテスト」入選、「新宿御苑フォトコンテスト」特選、「文京区観光写真コンクール」区議会議長賞、「東京大回廊写真コンテスト」魅力発掘賞を受賞。
今、津布久さんは、全てのストレスから解放され、人生を謳歌中である。