足立朝日

この本

掲載:2022年2月5日号
★「五つの季節に探偵は」逸木裕著/KADOKAWA刊/1,760円(税込)
 「第36回横溝正史大賞」受賞作家である著者が、新たな感覚のミステリ作品を誕生させた。
 他人の皮を剥いで「人間を観たい」という欲望が自分にあることに気付いた榊原みどりは、人の本性を暴かずにはいられない。父の探偵社に入社し、突飛な行動を戒められながらも依頼を解決に導いていくが、みどりの地を這うような調査と洞察力、そして閃きにより謎が解き明かされ、季節が巡っていくプロセスが見事だ。
 探偵・調香師・指揮者・鳶工など様々な職種が登場するが、驚くべきは著者がそのどれをも体験したかのようなリアルな描写。どの登場人物も、まるで実在の人間のように息づいている。特に4つ目の季節「スケーターズ・ワルツ――2012年冬」では、ホルン奏者でもある著者ならではの音楽への想いと指揮者への深い知識が炸裂し、圧巻だ。
 五つの季節の物語は、プログラマーとしての顔を持つ著者でなければ書けない精緻な構成によるミステリ連作短編集だが、みどり自身が気付かない「自分という人間」を追い求める旅物語のようにも感じられる。
 著者が新作を上梓する度に、表現の美しさが昇華。その豊かな日本語に惚れ惚れとする。また、巻末の参考文献の多さにより、それらが著者の並々ならぬ知識量の一端を担っていることに気付かされる。
 五つの季節のゴールを、多くの本紙読者に味わってほしい秀作だ。