足立朝日

(公財)日本博物館協会「棚橋賞」受賞 足立区立郷土博物館 学芸員 多田 文夫さん(61)

掲載:2025年1月5日号
まちの人と一緒に考え守る

 「生まれて初めての賞です。高校の時の皆勤賞をもらったぐらい」。飾らない口調とほがらかな笑顔は、初対面の人にも壁を作らせない。その人柄が、まちの人との交流が半分を占める足立区の学芸員の仕事を支えている。
 「博物館研究」に寄稿した「資料のトリアージ 外部倉庫の利用と博物館資料の除籍」が昨年11月27日(水)、「棚橋賞」を受賞。(公財)日本博物館協会が掲載原稿の中から優秀な論文を表彰する歴史ある賞だ。
 博物館収蔵庫の限界については最近注目されるようになったが、多田さんは2000年代初めに実感。2012年に問題提起の論考を発表したが、当時は非難を浴び、界隈がようやく追いついた。「今回の寄稿も個人で書いたわけではなくて、協力してくれた人たちの話をまとめて整理しただけ」。率直な言葉は謙遜ではない。
 区の調査事業により、この10年で民家から発掘された資料は約1000点。重機に待ったをかけ、解体寸前の家屋から救出した貴重な美術品もある。
 資料の急増が郷博の収蔵能力を超え、頭を抱えていたところ、手助けしてくれたのも区民。「俺たちが預けたものだから俺たちも考えなきゃな、と言ってくれるんですよ」。所有者自らが「現地保存」に協力、役所もアイデアを出し、みんなが一緒に考えてくれることで解決策が見つかった。それを伝えたいと受賞文のタイトルを「助けを求め続けること」に決め、博物館協会に困惑されたそうだ。
 「足立は江戸の風土が残っているんです。代替わりで消えつつありますが」。名だたる文化人と交流し、学んでいた住人が多い稀有な土地でもあった。「豊かだった。それが一度忘れられたのが勿体ない。経済発展に傾注し過ぎたのでは」と考察。
 多田さんの郷土史や歴史への興味が芽生えたのは、小学校で新聞部員だった時。「地元のおばあちゃんの昔話を聞きに行ったら面白かったんですよ。三つ子の魂百までですね」。大学で古文書を読めるようになると、昔の人の肉声がわかる醍醐味に魅了された。例えばやっちゃ場が御用市場になった時の文は、「幕府に対して『受けてやるよ』と居丈高。何の支援もなくやっていたことがわかるんです」と目を細める。
 郷博に着任して31年。「足立風土記」の編さんや共著などがあるが、「町の人とやりとりしているのが一番楽しい」。スクーターで走っていると「博物館の営業さん」と言われるが「それが名誉」とてらいがない。多田さん自身が、まちのかけがえのない財産の一部である。

写真/長野県松本市で受賞